砂に埋もれたノート

幕辺 雄一  

ぼくは海辺の名門私立校ノストラダムス小学校の6年生。冬なのに日差しの眩しい常緑樹の茂った坂道で地元の幼なじみのAと話を交わしている。同学年のAは、以前共に受けた5年生編入の入学試験について文句を言った。彼は落ちてわが校には来られず、地元小学校に通う。彼はそのときの受験の問題がフェアでなかったと言って、具体的に2、3指摘した。でも受験は競争だし、絵やピアノやヴァイオリンのコンクール、文学賞の選考、アスリートの審査とおんなじさ。運だって呼び寄せるしっかりした基礎力と、テスト慣れしていて本番の緊張の中でも発揮できる実戦力が勝負だ。競い合ったうえ、負けるのは弱いからなんだ。だいたい何十人も通るのだから、コンクールより楽なはずだ。だがAはわが校に中学から入学してくるだろう。入試は問題なくパスするくらい優秀で、また彼は7、8歳から詩も書いていて、芸術の才もある。文章や詩はノートにボールペンで書きつけるから、500年後、1000年後にも読めるんじゃないか。もちろんそれらを歴史資料として書いているわけではないが。

 いずれにせよ、Aの詩やぼくの学習帳は砂に埋もれ、数百年の時を経て考古学者に発掘されたあと、丹念に調査されるだろう。

 ノートが解読されれば、筆が止まるのはAが13歳の2025年7月だってわかる。500年後のWRRWの時代、時間の特定技術はすごく進んでいる。ディスプレイ用のケースに置かれた紙片は、窓から差し込む昼の太陽の光とSDELライトの白光を浴びてキラキラ輝く。たくさんついていた砂と泥はまさにあのわが校の近くの海岸のもので、くすんだ灰色と土色だ。ノートや紙片の横に別の標本とされて置かれている。

 Aのノートが13歳で止まっていようが、ぼくの学習帳が同じように中断していようが、500年後の人々にとって(ぼくらの死は)せいぜい砂浜の珍しい貝がひとつふたつ流されたくらいの意味しか持たない。しかし感性の鋭いAの日記や文章は、その日彼の左手の時計が激震で床に叩きつけられて砕けて止まった時間まで続く。ようやくわが校に入って最先端の学習ができる喜びや、社会への批判と愛に満ちたさわやかな文章で、他の優秀だが面白みのない中学2年生の書く文章の洪水の中で、対照的に鋭い知見が散りばめられ、砂浜に光る宝石のような輝きを帯びている。考古学研究センターでの解読もほぼ終わったようだ。

 さてその担当教授は、実はもっと平均的だったもう一人の幼なじみ、伴久男(バンクオ)の遠い遠い子孫なのだが、彼は山奥の中学へ通っていて、あの大津波には遭わなかったのだ。受験はクジみたいなものだとAは書いたが、それを克服し海辺の名門校に来るAの優れた洞察力や文章力も、ぼくの予言的中力も、これから一半年あまりのあの夏の日、無惨に打ち砕かれて、巨大な爆発音と共に断ち切れる。みんなAや仲間の命と共に終わる。残されたノートは貴重な遺品となってわが校の実情を500年も先の人へ伝えるのだ。

 ぼくは名門私立校ノストラダムス小学校6年生、幕辺雄一。ちなみに、あの狂った夏の日、ぼくは重いものに足を挟まれたが、まだ助かるはずだったAの命を救わずに、彼を見捨てて自分を助ける。間一髪で丘へ走り抜けるんだ。

 予知能力者は憂うつだ。しかしどの時代にもいるものだ。読者には真実を語ろう。ぼくは大災害は生き延びる。しかし大人になるより前に自殺をする。Aを愛しながら助けなかった者として、自ら、傷ついた青春を終わらせるんだ。

  (2023 1月 戸口純)

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